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相手の「いい点」に目を向けよう!

人間関係を良くしよう
11 /24 2019
 人間関係を良くする上でも、組織をまとめる上でも、相手の「いい点」に目を向けることは不可欠です。


 人間は、誰も完璧ではないので、誰にでも「悪い点(苦手なこと、短所、良くないところ等)」があります。

 世の中には、この相手の「悪い点」ばかり見てしまう人がいますが、全ての人は、完璧ではないので、相手の「悪い点」ばかり見ていたら、全ての人が、「悪い人」「良くない人」に見えてしまいます。


 集団の中で共同作業をしていると、自分の「いい点」「がんばっている点」ばかりに目が向き、相手の「いい点」「がんばっている点」に、目が向かなくなることがあります。

 例えば、自分の方が「作業のスピード」が速いときに、「相手の作業のスピードは遅い」という点ばかりに目が向き、相手の「作業の正確さ」「周りの人を励まし、サポートしていること」「作業以外の雑用を率先して行なっていること」等に、目が向かなくなります。

 ですが、相手の「悪い点」ばかり見ていると、相手に対して否定的な感情を持つようになり、その結果、人間関係が悪くなったり、集団のまとまりが得られなくなったりしてしまいます。


 ですから、人間関係を良くするため、組織をまとめるためには、意識して、相手の「いい点」に目を向ける必要があります。

 全ての人は完璧ではないので、誰にでも、必ず「悪い点」があります。

 ですが、全ての人には、必ず「いい点」もあります。

 人を見るときには、意識して、この「いい点」に目を向けるのです。


 意識して、相手の「いい点」に目を向け、その働きに感謝するのです。

 特に、組織等において「人をまとめる立場」にある人は、常に、相手の「いい点」を見、それを生かすかたちで、人をまとめるのです。


 相手の「悪い点」ばかり見ていたら、世の中の全ての人が「悪い人」に見えてしまいます。

 逆に、常に、相手の「いい点」に目を向けていれば、世の中の全ての人の「いい点」が見えてきます。


 人間関係を良くするため、組織をまとめるために必要なのは、どちらでしょう?

 相手の「悪い点」に目を向けることでしょうか?

 相手の「いい点」に目を向けることでしょうか?



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親しき仲にも礼儀あり

人間関係を良くしよう
11 /10 2019
 家族、友人の集まり、会社等において、一見仲が良さそうで、実際は、相手を牽制し合っていたり、相手をからかっていたり、相手の足を引っ張っていたりする「微妙な人間関係」を見ることがあります。

 彼等は、仲がいいのでしょうか?

 それとも仲が悪いのでしょうか?


 彼等は、一応は一緒にいるわけですから、大きなくくりで見ると「仲がいい」のかもしれません。

 ですが、彼等は、表面上は楽しそうにしていても、本心から楽しんでいるわけではなく、少なからずストレスを感じています。

 ですから、その状態が続くと、いずれ、その家族、友人の集まり、会社等は、まとまりが得られなくなり、その目的を実現させることができなくなります。

 つまり、協力して生きていくこと、有意義な時間を過ごすこと、利益を出し続けること等ができなくなります。


 彼等は、なぜ、そのような「微妙な人間関係」になっているのでしょうか?

 それは、それぞれが、相手に「正しい接し方」をしていないからです。


 人間関係において根本的に重要なのは、相手を「尊重」することです。

 つまり、相手を、その全体(家族、友人の集まり、会社等)を支える価値ある存在、重要な存在として認め、大切にすることです。


 また、人間関係をいい状態に保つためには、互いに「気遣い」をする必要があります。

 つまり、「相手の『気持ち』を察し、『人間関係』が『互いの尊厳が保たれている状態』になるように立ち居振る舞うこと」「その場の空気をしっかり読んで、その場にいる人を『嫌な気分』にさせないように立ち居振る舞うこと」が必要です。


 常に相手を尊重する、気遣いをすると言うと、堅苦しく思うかもしれません。

 ですが、実際は、常に、そのように接するからこそ、人間関係が、いい状態で続くのです。


 昔の人は言っています。

「親しき仲にも礼儀あり」と。

 どれだけ親しくなっても、相手を尊重し、気遣いをすること。

 これが、いい人間関係を継続させるためには、必要不可欠なのです。


※朱子学の「小学」に、これに関連する面白い文章があるので紹介します。

 伊川先生の言に、近世は人情が浅薄で、気が合い、互いに狎(な)れ合うことを同心同意とし、互いに角がなく、人の気に触るような言動をしないのを互いに歓び合い、愛しあっていることと心得ている。しかしこのようなことでどうして永つづきが望めよう。久しい交わりを得るには、互いに人格を尊重してゆかなければ駄目で、人を敬い自己を敬う恭敬を心得るべきである。君臣の交わり、朋友の交わり、皆この敬即ち互いの人格の尊重を主としなければならない、とある。


 張横渠先生の言に、近頃の朋友は、互いに自分にさからわない善柔者を択んで仲問となり、互いに肩を拍ち袂をとり合って意気投合だと考えているが、ちょっとでも意見が合わないと怒り出す。大体朋友の間柄は互いに謙遜し、かつ倦まずに切瑳すべきものであるから、互いにその人格を尊重して丁寧につき合うものは、日日に親しみを増し、互いに切磋琢磨し忠告しあう朋友としての効力を速やかに発揮して来るのである、とある。



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人間関係を良くしよう

人間関係を良くしよう
09 /08 2019
 ある程度の年齢になれば分かることだが、一生のうちに出会う人の数は、以外と少ない。

 一生のうちに、挨拶を交わす程度の関係になる人の数は、100人もいないのではないか?


 ある程度頻繁に接する、近い関係になる人の数は、さらに少ない。

 おそらく、50人もいないのではないか?


 また、その中で、特に親しくなる人の数は、さらに少ない。

 一生のうちで、かなり親しくなる人が5人いたら、それは多い方ではないか?


 人生を豊かにする上で、また幸福を感じる上で、人間関係がいい状態であることは、とても重要だ。

 人間関係がいい状態であれば、何かあったときに、相手が協力してくれる可能性は高いし、信頼されていれば、その人の仲間を紹介してくれることもある。

 逆に、人間関係が悪かったら、そのようなことは一切起こらないし、毎日ストレスを感じて生活しなければならないからだ。


 このようなことを考えると、自分の人生を豊かにするため、幸福な人生を歩むためには、「人間関係をいい状態に保つ努力」「人間関係を悪い状態にしない努力」が必要であることが分かる。

 もちろん、人には相性があるから、世の中には、自分と合う人、合わない人がいるし、出会う人全員と友達になることはできない。

 また、たとえ仲が良くても、ときには意見が合わなくて、気まずくなることもある。

 また、人間関係をいい状態に保つことが重要だからといって、自分の信念を曲げてまで、相手に迎合するのは良くないことだ。

 だが、人生を豊かにする上で、また幸福を感じる上で、「人間関係をいい状態に保つ努力」「人間関係を悪い状態にしない努力」が必要であることに変わりはないのだ。


 全ての人は、社会を構成する一員だから、誰と接するときでも、常に相手を尊重すること(社会を構成する一員という意味で『尊い存在』『価値ある存在』として大切にすること)は、当然のことだ。

 だが、自分の人生を豊かにする、幸福な人生を歩むという意味でも、それは、必要不可欠なのだ。

 一生のうちに出会う人の数が少ない以上、出会う人、一人一人との関係をいい状態に保つ努力、悪い状態にしない努力をしなければ、豊かな人生、幸福な人生を歩むことは難しくなるのだ。


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伊藤 豪

こんにちは、大和思想の著者、共存共栄研究センター代表の伊藤豪です。
当ブログでは、大和思想について、ブログ形式で説明したいと思います。

大和思想を読んだことがある人は、より実践的なことが理解できるようになります。
大和思想を読んだことがない人は、大和思想の全体像が理解できるようになります。

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