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バスを待っていたら、雨が降ってきた話

大和思想的な行動
04 /14 2019
「ん~…。今日は傘を持っていこうか、どうしようか…」

 オイラは、天気を判断するときは、2つの天気予報のサイトを見て、判断するようにしている。

 今日は、1つのサイトでは、12時~15時の間に傘マークがついていて、降水確率は50%。

 もう1つのサイトでは、一日中曇りマークで、降水確率は30%。

 そして、外を見ると、すでに少し雨が降った跡がある。

「ん~…。今日は傘を持っていこうか、どうしようか…」


 結局、オイラは、傘を持って出かけることにした。


 バス停に着き、バスを待っていたが、なかなか来ない。

「まっ、こういうときもあるよね~」

 そう思っていると、ポツリ、ポツリと降ってきた。

「もうすぐバスが来るし、傘をさすほどでもないか…」


 だが、雨は、ほんの少し強くなってきた。

 バス停には、オイラを含めて6人いたが、1人、2人と傘をさし、結局オイラも傘をさした。


 ところが、その中に、1人だけ傘を持っていない人が、いるではありませんか。

 それは、20代前半の女性だ。


「今日の天気予報を見て、傘を持ってこないのは判断ミスだな~」

「この場面で、男のオイラが、『大丈夫ですか?』と言って傘をさすのも、さすがに微妙だよな~」

「これは自業自得かな~。もうすぐバス来るし。そんなに降っているわけでもないし。いい経験だな」

 と思っていると、1人のおばちゃんが、スーーっと近づいていき、

「降ってきちゃったね」

 と言って、傘に半分入れてあげた。

「大丈夫ですよっ」

 と、その女性は言ったが、

「渋滞しているのかな~。バスなかなか来ないね~」

 と、おばちゃんは言っている。


 2人は、それほど大きくない傘に、半分づつ入っている状態だ。

 雨は、わずかに降っているだけだが、もちろん体の半分はぬれる。

 結局その2人は、バスが来るまで、その状態でしゃべっていた。


「ん~…。このおばちゃんやるなっ!!」

 まず、「だいじょうぶ?」「傘に入る?」ではなく、「降ってきちゃったね」と言って傘に入れたところがすばらしい。

 その「さりげない感じ」「恩を感じさせない感じ」がすごいね。

 それと、「大丈夫ですよっ」と言われたときも、「い~え、いいのよ」等とは言わず、「渋滞しているのかな~。バスなかなか来ないね~」と言って、「さりげない感じ」「恩を感じさせない感じ」を出している。


「人に『いいこと』をする」というのを突き詰めて考えると、このように「『さりげなく』『恩を感じさせないように』する」というところに行き着くのか…。

「ああ…。なんか、久しぶりにいいものを見た気がするな~」


 オイラも、傘を持っていない人がいたら、「降ってきちゃったね」って言ってみようかな~(笑)。


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電車で子供に注意できなかった話

大和思想的な行動
03 /03 2019
 階段を駆け下り、電車に飛び乗った。

「ふぅ~。なんとか間に合った…。ところで、進行方向はあってるよな?」


 今日は、オイラは、普段乗ることがない有楽町線でお出かけだ。

 別に急ぐ必要はなかったが、ちょうど電車が来たので、思わず飛び乗ってしまった。


 乗客は、まばらで、みんな静かだが、そんな中、元気な声が響いている。

 声の主は、制服姿に帽子をかぶった子供達だ。

 小学校一年生、もしかしたら幼稚園児かもしれない。

 男の子2人、女の子1人だ。


 子供達は、元気な声でしゃべっている。

 ちょっと、うるさいくらいだ。

 でも、ま~いいじゃないですか、子供なんだから。


 こんな小さい子供が、子供だけで電車に乗って通学できるなんて、日本は、なんだかんだ言って安全ですよね~。


 よく見ると、B4サイズくらいの、お絵かき用のノートに描いてある、自分で描いたと思われる絵の説明をしている。

「この絵はね~、こうなの」

「こっちの絵はね~、こうなの」

 子供達にとっては、重要な話だ。自然にヒートアップしてしまうのも、うなずける。


 子供達は、元気にしゃべり続けている。

 ちょっと、うるさいくらいだ。

 でも、ま~いいじゃないですか、子供なんだから。


 そうこうしているうちに、目的の駅に近づいてきた。

「開くのは…、こっちの扉か…」

 扉の前には、子供達がいる。降りるのに邪魔な位置だ。

「……」

 この年齢の子供に、この状況を把握するのは無理だ。子供は悪くない。


 電車は速度を落としてきた。

 こういう場合、「電車から降りるから、ちょっと端によってねー」と言うべきだろう。

「邪魔だ、どけ!!」、いやいや、そうじゃない。


 電車がホームに入った。

 子供達は、まだ扉の前にいる。

 周りにいる大人は、何か言うのか?


 電車が止まった。

 扉が開いた。


 大人達は、何も言わず、子供達の脇を、すり抜けるようにしてホームへ降りていったのだった。

 オイラも、何も言わず、すり抜けるようにして、その後に続いた。


 本来、このような状況では、普通のこととして「電車から降りるから、ちょっと端によってねー」と言うべきだろう。

 だが、しかし、それを言えない大人達がいたのだった。

「今時の若い人は…」と言うけど、今時の大人も微妙ですね。トホホ…。


 他人に優しい言葉をかけるのは難しくないが、他人を叱ったり、注意したりするのは難しい。

 だが、しかし…、必要なら、それもやらなければならないのだ。


 次回は、ちゃんと言えるようにしよ~っと。

 大和思想を実践しているオイラは、常に向上心を持っているのだ!!


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コンビニのATMで、お金を下ろしたときの話

大和思想的な行動
02 /03 2019
 ブウ~ン…

 バタン!

 駐車場に車を止めて、店に入った。


 このコンビニには、あまり来ることはないが、車で出かけるときに、道すがら寄ることがある。

 オイラは知っている。この店には、カワイイ店員がいることを。


「チラッ、チラッ」

「おっと、今日もいますですね~」

 そう思いながら、現金を引き出すために、ATMにキャッシュカードを入れた。

 ふと見ると、左の台の上に手袋が置いてある。

「ん!これは忘れ物だな」

 こういう場合、大和思想を実践しているオイラは、当然のこととして、快く店員に渡している。

「んっ!?ちょっと待てよ。この手袋を渡すときに、あのカワイイ店員に話しかけることになるな~」

 そんなことを考えながら、手続きを続けた。


 現金を引き出した。

 財布をポケットにしまった。

 そして、台に置いてある忘れ物の手袋を手に取った。


 そして、オイラは店員に言った。

「すいませ~ん。この手袋忘れ物みたいです。ATMの横に置いてあったんですけど~」

 すると、「あ~ら、どうもありがとうございます」と出てきたのは、例のカワイイ店員ではなく、おばちゃんの店員だった。

「むむむ…」


 まぁ、そういうこともある。こういうこともある。


 おばちゃん店員:「これ、さっきの男の子が忘れていったのねー」


 オイラが、外に出ようとすると、さっきのおばちゃん店員が、「ドン、ドン、ドンッ」と窓をたたいている。

「んっ?」

 よく見ると、若いお兄さんが自転車にまたがり、今まさに、こぎだそうとしているところだ。

「この彼が忘れていったんだな」

 そう思い「ちょっと、ちょっと、忘れ物みたいだよ!」と言った。

 イヤホンをつけていた彼は、「あっ」と言った。

 手袋を忘れたことに気付いたようだった。


 ブウン

 ブーーーン…

 車を走らせながら、オイラは考えた。


 まず、オイラが、忘れ物の手袋に”気付いた”。そして、それをおばちゃん店員に”渡した”。

 次に、おばちゃん店員が、手袋の持ち主が外にいることに”気付いた”。そして、”すぐに呼び止めようとした”。

 その次に、オイラが、そのことに”気付いた”。そして、その人を”呼び止めた”。

 これらの結果、彼は、手袋を無くさずにすんだ。


 これらのことから、まず「気付くこと」が重要だと分かる。

「困っている人」や「問題」の存在に「気付くこと」が重要なのだ。


 また、気付いた後、「すぐに行動すること」も重要だ。

 気付いても行動しなかったら、気付いていないのと同じだし、すぐに行動しなければ、タイミングを逃してしまうからだ。


 また、実際に「困っている人」や「問題」の存在に気付き、気付いた後、すぐに行動するためには、常日頃から、周りの人のことを考えていることや、「気遣い」や「思いやり」の気持ちを持っていることが必要だ。

 常に、そのような「考え」や「気持ち」を持っていなければ、「困っている人」や「問題」の存在に気付けないし、気付いたとしても、すぐに行動することはできないからだ。


 世の中の全ての人が、このような感覚で生きていれば、世の中は、もっと気持ちのいいものになるのに…。

「このような感覚を持っている」というところで、世界の全ての人と繋がっていたいものだ。


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立ち食いそば屋へ行ったときの話

大和思想的な行動
01 /08 2019
先日、とある用事でお茶の水へ出かけた。
オイラは「食」にこだわりはないが、たまに、無性に「そば」が食いたくなる。
その日は、出かける前から「今日は、そばを食おう!」と決めていたので、お茶の水駅周辺で「そば屋」を探した。
普段、お茶の水に行くことはないので、少し時間がかかったが、無事「そば屋」を見つけることができた。
今回の話の舞台の「立ち食いそば屋」だ。

オイラは、前を歩いている夫婦に続いて店に入った。

初めての店なので、「メニューはどこ~。メニューはどこ~」と思いながら店内を見回していた。

すると、前から聞き慣れない言語が聞こえてきた。オイラの前に入った夫婦だ。

「そっか、二人は外国人だったのか」と思いながら、「メニューはどこ~。メニューはどこ~」とオイラ。


おっと、「券売機」発見! この店は、食券を買って注文するタイプね~。

すると、外国人の夫婦が「ペラペーラ、ペラペーラ」と大きな声でしゃべっている。

「何語なんだろう?英語じゃないし…」

店員のお兄さんも困った様子で、「食券買って!食券買って!」と言っている。

もちろん外国人夫婦には通じない。

今度は「ペラペーラ、ペラペーラ」と、横で「そば」を食っているお兄さんの方を向きながらしゃべっている。言葉が全く通じないのに、実に大きな声だ。

そのお兄さんは、「よく分かりません」と小さな声で言った。いかにも関わりたくない様子だ。


そのとき、ふと思った。
「そーか、この夫婦は、そばが食いたいけど注文の仕方が分からなくて困ってるんだな(やっと気づいたオイラ)」

大和思想的には、このような場合、ぜひとも親切に教えてあげたいものだ!

そこで、「(外国人の夫が手に持っていた500円玉と100円玉を指差して)これ、(券売機の小銭の投入口をさして)ここ」「これ、ここ」「これ、ここ」と教えてあげた。

突然話しかけられて一瞬戸惑った様子だったが、相変わらず二人で「ペラペーラ、ペラペーラ」。

「そーか、まずオイラが食券を買って、注文の仕方を見せればいいんだな」と思い、「天ぷらそば」の食券を買い、店員に渡した。そして、「これ、ここ」「これ、ここ」と食券を店員に渡す様子を見せた。

すると、その外国人の妻は、オイラに「それ、どれ?何を頼んだの?」と言った(ように思えた)。

店内に「天ぷらそば」の写真があったので、「ワタシ、これ」「ワタシ、これ」と指で指した。

「あ~…、私もそれでいいわ!」と言ったように思えたので、夫の手のひらにあった500円玉を取り、食券を買い、店員に渡してあげた。

夫は、「キツネそば」の写真を見ながら「これにしようかな~」と自信なさげに言っていた(ように見えた)。

でも、妻が「も~、同じのでいいわよ!」と言った(ように思えた)。

そこで、夫の手のひらにある100円玉を4枚取り、「天ぷらそば」の食券を買い、店員に渡してあげた。


そうこうしているうちに、オイラが注文した「天ぷらそば」がきた。

「いただきま~っす。ずるずるずる…」
「おっと!!これは旨いじゃないの~」


オイラは「食」にこだわりはない。だが、たまに「そば」が食いたくなる。
食いたくなって、入ったことがない「そば屋」に入っても、また来たいと思うことはあまりない。
でも、この店には、また来たいと思った。


食い終わって店を出るとき、さっきの外国人の夫が笑顔で言った。

「謝謝~(シェ~シェ~)」

オイラも笑顔で返した。


ああ、この二人は中国人だったのか~。
中国語には、北京語、広東語等いくつかあって、それぞれ結構違うらしい。
さっきの二人がしゃべっていたのは、中国語の中でもマイナーな言葉だったのかな…。


近頃の日本と中国の関係は、あまり良くない。
隣接している国との間で政治的な問題があるのは、仕方がないことかもしれない。
また、そのような問題は、国民の力ではどうしようもないのかもしれない。
でも、国民にだってできることはある。
それは、常に、相手の国の人に、ちゃんと接するということだ。
相手が誰でも、どこの国の人でもちゃんと接する。
このようなことを通じて、国民レベルで平和な関係を築くことは不可能ではないのだ。


誰と接するときでも相手を「尊重」する。
常に「気遣い」をする。
これが、大和思想における「人間関係のルール」なのだ。
謝謝(シェ~シェ~)!


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郵便局へ行ったときの話

大和思想的な行動
01 /08 2019
先日、とある用事があったので郵便局へ行った。
その郵便局は、駅前にあるが狭い。
客は10人程だったが、ソファーは埋まり、立っている人も何人かいた。

こういう場合、見るからに健康そうなオイラは、立って待つことにしている。
大和思想的には、当然のこととして、お年寄りや、妊婦、障害者等を優先的に座らせるのだ。

オイラは、番号札を取って待っていた。

数人が、用事を済ませて帰っていった。

必然的に、ソファーには、3、4人が座れるスペースができた。

だが、オイラは、まだ立っていた。


「狭い店内」「3、4人が座れるスペース」、この状況で、オイラ1人が立っているのは、いかにも不自然だ。
なので、遠慮なくソファーに座って待つことにした。


しばらくすると、客が1人入ってきた。年配の女性だ。
その人は、当然ソファーに座った。

しばらくすると、また1人入ってきた。主婦のようだ。
スペースがあるので、当然ソファーに座った。 ※このとき、座れるスペースはなくなった。

しばらくすると、今度は、受付で用を済ませたおばあさんが、ソファーに戻ってきた。
もちろん、座れるスペースはない。

このようなときは、当然のこととして席を譲る。それが大和思想だ。

そこで、

オイラ「どうぞ座ってください」

おばあさん「い~え、大丈夫ですよ」

オイラ「どうぞ、どうぞ」

おばあさん「い~え、大丈夫ですよ(笑)」

と、まあこんな風になるわけだが、ここで諦めてはいけない。

オイラ「いえいえ、どうぞ、どうぞ」

おばあさん「すいません~。ど~もありがと~ございます~」

こんな風にして、無事、おばあさんに席を譲ることができたのでした。


「どうぞ座ってください」と言っても、「い~え、大丈夫ですよ」と返してくるのは当然だ。
「どうぞ、どうぞ」と言っても、「い~え、大丈夫ですよ(笑)」と返してくるのはよくあることだ。
だが、相手が「大丈夫」と言っているからといって、「それじゃあ、いいかな」などと考えてはいけない。
相手は遠慮しているのだ。
相手は見るからに高齢者。オイラは見るからに健康体。
このようなときは、あくまでも「相手を座らせること」が重要なのだ。
「譲ろうとすること」が重要なのではなく、「実際に譲ること」が重要なのだ。


皆さん、分かりますか? これが大和思想です。
「自ら率先して、普段自分が関わっている全体をまとめる」「老人を敬う」
これが大和思想なのです。  チャンチャン♪

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伊藤 豪

こんにちは、大和思想の著者、共存共栄研究センター代表の伊藤豪です。
当ブログでは、大和思想について、ブログ形式で説明したいと思います。

大和思想を読んだことがある人は、より実践的なことが理解できるようになります。
大和思想を読んだことがない人は、大和思想の全体像が理解できるようになります。

大和思想を実践して、みんなで共存共栄の世の中を実現させましょう!