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ブラック企業大賞2017

社会問題
01 /27 2019
「ブラック企業」、誰でも、耳にしたことがあると思います。


 大和思想は、「『世の中の全ての人が、自ら率先して、普段自分が関わっている全体をまとめること』によって『共存共栄の世の中』を実現させ、世の中の全ての人と共に『幸福』になる」という思想です。

 また、大和思想においては、「直接的、間接的にかかわらず、『共存共栄の世の中(世の中の調和)』を維持、つくりだす物事」が「価値ある物事」で、「直接的、間接的にかかわらず、『共存共栄の世の中(世の中の調和)』を乱す物事」が「価値のない物事」です。

 ですから、大和思想的には、「共存共栄の世の中を維持、つくりだすこと」につながる製品やサービスを開発、生産、販売している企業、また、そのような経営をしている企業を応援します。

 逆に、「共存共栄の世の中を乱すこと」につながる製品やサービスを開発、生産、販売している企業、また、そのような経営をしている企業(ブラック企業)の存在は認めません。


  そこで、ネットで見つけた、「ブラック企業大賞」を紹介します。


第6回ブラック企業大賞2017  http://blackcorpaward.blogspot.com

ブラック企業大賞: 株式会社引越社・株式会社引越社関東・株式会社引越社関西
特別賞:大成建設株式会社・三信建設工業株式会社
業界賞:新潟市民病院
ブラック研修賞 ゼリア新薬工業株式会社
ウェブ投票賞 日本放送協会(NHK)



ブラック企業大賞2017ノミネート企業発表記者会見



 共存共栄の世の中を実現させるために、みんなで、健全な企業を応援しましょう。

 また、ブラック企業は認めないようにしましょう。


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セックス的なことについて

セックス的な話
01 /08 2019
大抵の人は、セックス的なことについて考えるときには、心が「浮ついた状態」になる。顔が「ニヤニヤ」する。

そこのあなた!今これを読んでいるあなた!「浮ついた状態」になっていませんか?「ニヤニヤ」していませんか?

ここでは、冷静に、まじめに、セックス的なことについて考えてみましょう。


セックスは1000回やっても、10000回やってもセックス以上の価値にはなりません。
ですが、人によっては、セックス的なことに振り回されて、「人生の目的」を実現させることができなくなったり、「大切な人間関係」を失ったりしてしまいます。

人間には、食欲、睡眠欲、性欲という三大欲求があって、これらは、様々な欲の中でも特にコントロールするのが難しいです。
性欲がなければセックスが行なわれないので、子孫を存続させることができません。
つまり、その種族は絶滅してしまいます。
ですから、性欲は、様々な欲の中でも特に強いのです。

このような理由から、人間はセックス的なことに振り回されがちなのですが、それに振り回されて、「人生の目的」を実現させることができなくなったり、「大切な人間関係」を失ったりするのは、もったいないことです。

何に「価値」を見いだして生きるかは、それぞれの自由です。
ですから、「セックスが私の人生のすべて」という人は、セックスに没頭してもいいでしょう。
ですが、それ以外のことに「価値」を見いだしているなら、セックス的なことに振り回されるのはよくありません。

あなたは、何を「目的」に生きていますか? 何に「価値」を見いだしていますか?
その「目的」を実現できる範囲内で、その「価値感」の範囲内でセックス的なことに関わるというのが正しい関わり方なのです。

今の世の中には、セックス的なことが、そこら中に溢れています。
この世の中で、セックス的なことに振り回されないようにするためには、「人生の目的」や「自分が大切にしている価値観」を、常に意識することが重要です。
また、「セックスは1000回やっても、10000回やってもセックス以上の価値にはならない」ということを理解することも重要です。

「セックスは良くない」とは言いません。
「セックスに振り回されるのは良くない」と言っているのです。

大和思想においては、「直接的、間接的にかかわらず、『共存共栄の世の中(世の中の調和)』を維持、つくりだす行為」が「いいこと(正しいこと)」です。

また、「直接的、間接的にかかわらず、『共存共栄の世の中(世の中の調和)』を乱す行為」が「悪いこと(間違っていること)」です。

つまり、セックス的なものは、関わり方次第で「いいこと(正しいこと)」にもなりますし、「悪いこと(間違っていること)」にもなるのです。

皆さん、分かりますよね?
セックス的なことに振り回されてはいけませんよ。
幸福な人生を歩める範囲内で、セックス的なことに関っていきましょう。


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立ち食いそば屋へ行ったときの話

大和思想的な行動
01 /08 2019
先日、とある用事でお茶の水へ出かけた。
オイラは「食」にこだわりはないが、たまに、無性に「そば」が食いたくなる。
その日は、出かける前から「今日は、そばを食おう!」と決めていたので、お茶の水駅周辺で「そば屋」を探した。
普段、お茶の水に行くことはないので、少し時間がかかったが、無事「そば屋」を見つけることができた。
今回の話の舞台の「立ち食いそば屋」だ。

オイラは、前を歩いている夫婦に続いて店に入った。

初めての店なので、「メニューはどこ~。メニューはどこ~」と思いながら店内を見回していた。

すると、前から聞き慣れない言語が聞こえてきた。オイラの前に入った夫婦だ。

「そっか、二人は外国人だったのか」と思いながら、「メニューはどこ~。メニューはどこ~」とオイラ。


おっと、「券売機」発見! この店は、食券を買って注文するタイプね~。

すると、外国人の夫婦が「ペラペーラ、ペラペーラ」と大きな声でしゃべっている。

「何語なんだろう?英語じゃないし…」

店員のお兄さんも困った様子で、「食券買って!食券買って!」と言っている。

もちろん外国人夫婦には通じない。

今度は「ペラペーラ、ペラペーラ」と、横で「そば」を食っているお兄さんの方を向きながらしゃべっている。言葉が全く通じないのに、実に大きな声だ。

そのお兄さんは、「よく分かりません」と小さな声で言った。いかにも関わりたくない様子だ。


そのとき、ふと思った。
「そーか、この夫婦は、そばが食いたいけど注文の仕方が分からなくて困ってるんだな(やっと気づいたオイラ)」

大和思想的には、このような場合、ぜひとも親切に教えてあげたいものだ!

そこで、「(外国人の夫が手に持っていた500円玉と100円玉を指差して)これ、(券売機の小銭の投入口をさして)ここ」「これ、ここ」「これ、ここ」と教えてあげた。

突然話しかけられて一瞬戸惑った様子だったが、相変わらず二人で「ペラペーラ、ペラペーラ」。

「そーか、まずオイラが食券を買って、注文の仕方を見せればいいんだな」と思い、「天ぷらそば」の食券を買い、店員に渡した。そして、「これ、ここ」「これ、ここ」と食券を店員に渡す様子を見せた。

すると、その外国人の妻は、オイラに「それ、どれ?何を頼んだの?」と言った(ように思えた)。

店内に「天ぷらそば」の写真があったので、「ワタシ、これ」「ワタシ、これ」と指で指した。

「あ~…、私もそれでいいわ!」と言ったように思えたので、夫の手のひらにあった500円玉を取り、食券を買い、店員に渡してあげた。

夫は、「キツネそば」の写真を見ながら「これにしようかな~」と自信なさげに言っていた(ように見えた)。

でも、妻が「も~、同じのでいいわよ!」と言った(ように思えた)。

そこで、夫の手のひらにある100円玉を4枚取り、「天ぷらそば」の食券を買い、店員に渡してあげた。


そうこうしているうちに、オイラが注文した「天ぷらそば」がきた。

「いただきま~っす。ずるずるずる…」
「おっと!!これは旨いじゃないの~」


オイラは「食」にこだわりはない。だが、たまに「そば」が食いたくなる。
食いたくなって、入ったことがない「そば屋」に入っても、また来たいと思うことはあまりない。
でも、この店には、また来たいと思った。


食い終わって店を出るとき、さっきの外国人の夫が笑顔で言った。

「謝謝~(シェ~シェ~)」

オイラも笑顔で返した。


ああ、この二人は中国人だったのか~。
中国語には、北京語、広東語等いくつかあって、それぞれ結構違うらしい。
さっきの二人がしゃべっていたのは、中国語の中でもマイナーな言葉だったのかな…。


近頃の日本と中国の関係は、あまり良くない。
隣接している国との間で政治的な問題があるのは、仕方がないことかもしれない。
また、そのような問題は、国民の力ではどうしようもないのかもしれない。
でも、国民にだってできることはある。
それは、常に、相手の国の人に、ちゃんと接するということだ。
相手が誰でも、どこの国の人でもちゃんと接する。
このようなことを通じて、国民レベルで平和な関係を築くことは不可能ではないのだ。


誰と接するときでも相手を「尊重」する。
常に「気遣い」をする。
これが、大和思想における「人間関係のルール」なのだ。
謝謝(シェ~シェ~)!


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郵便局へ行ったときの話

大和思想的な行動
01 /08 2019
先日、とある用事があったので郵便局へ行った。
その郵便局は、駅前にあるが狭い。
客は10人程だったが、ソファーは埋まり、立っている人も何人かいた。

こういう場合、見るからに健康そうなオイラは、立って待つことにしている。
大和思想的には、当然のこととして、お年寄りや、妊婦、障害者等を優先的に座らせるのだ。

オイラは、番号札を取って待っていた。

数人が、用事を済ませて帰っていった。

必然的に、ソファーには、3、4人が座れるスペースができた。

だが、オイラは、まだ立っていた。


「狭い店内」「3、4人が座れるスペース」、この状況で、オイラ1人が立っているのは、いかにも不自然だ。
なので、遠慮なくソファーに座って待つことにした。


しばらくすると、客が1人入ってきた。年配の女性だ。
その人は、当然ソファーに座った。

しばらくすると、また1人入ってきた。主婦のようだ。
スペースがあるので、当然ソファーに座った。 ※このとき、座れるスペースはなくなった。

しばらくすると、今度は、受付で用を済ませたおばあさんが、ソファーに戻ってきた。
もちろん、座れるスペースはない。

このようなときは、当然のこととして席を譲る。それが大和思想だ。

そこで、

オイラ「どうぞ座ってください」

おばあさん「い~え、大丈夫ですよ」

オイラ「どうぞ、どうぞ」

おばあさん「い~え、大丈夫ですよ(笑)」

と、まあこんな風になるわけだが、ここで諦めてはいけない。

オイラ「いえいえ、どうぞ、どうぞ」

おばあさん「すいません~。ど~もありがと~ございます~」

こんな風にして、無事、おばあさんに席を譲ることができたのでした。


「どうぞ座ってください」と言っても、「い~え、大丈夫ですよ」と返してくるのは当然だ。
「どうぞ、どうぞ」と言っても、「い~え、大丈夫ですよ(笑)」と返してくるのはよくあることだ。
だが、相手が「大丈夫」と言っているからといって、「それじゃあ、いいかな」などと考えてはいけない。
相手は遠慮しているのだ。
相手は見るからに高齢者。オイラは見るからに健康体。
このようなときは、あくまでも「相手を座らせること」が重要なのだ。
「譲ろうとすること」が重要なのではなく、「実際に譲ること」が重要なのだ。


皆さん、分かりますか? これが大和思想です。
「自ら率先して、普段自分が関わっている全体をまとめる」「老人を敬う」
これが大和思想なのです。  チャンチャン♪

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伊藤 豪

こんにちは、大和思想の著者、共存共栄研究センター代表の伊藤豪です。
当ブログでは、大和思想について、ブログ形式で説明したいと思います。

大和思想を読んだことがある人は、より実践的なことが理解できるようになります。
大和思想を読んだことがない人は、大和思想の全体像が理解できるようになります。

大和思想を実践して、みんなで共存共栄の世の中を実現させましょう!